2021/09/01
明智光秀とその周辺|小和田哲男 第12回 信長の安土行幸計画と本能寺の変
本能寺の変で織田信長を討った武将として知られ、2020年・2021年放送のNHK大河ドラマ『麒麟がくる』では主人公として描かれた明智光秀。連載講座「明智光秀とその周辺」では、ドラマの時代考証を担当される小和田哲男先生が、光秀の生涯に影響を与えた人々や出来事に全12回でスポットライトを当てていきます。最終回となる第12回は、天皇の行幸のために信長が安土城に築いた部屋「御幸の御間」について。御幸の御間があった場所を推定しながら、そこに込められた信長の真意と、本能寺の変との関係性を探ります。(※2021年3月24日初回公開)
安土城の清涼殿風建物をどうみるか
信長が築いた安土城に「御幸(みゆき)の御間(ごま)」があったことは『信長公記』にも記載があり、その存在は知られていた。御幸はいうまでもなく天皇の行幸で、安土城にはそのための部屋が用意されていたのである。
正親町天皇の安土行幸計画が天正5年(1577)にあったことは山科言継の日記『言継卿記』所収の山科言継宛阿茶書状に、「ミやうねんハあつちへ大りさまきやうこう申され候ハんよし、あらあらめてたき御言候や」とあることによって明らかである。
では、その「御幸の御間」は安土城のどこにあったのだろうか。それが長いことわからなかったのである。ところが、平成11年(1999)に滋賀県安土城郭調査研究所が行った安土城の伝本丸の発掘調査によって推定していく糸口がみつかった。現状でも建物の礎石らしいものが顔をのぞかせていたが、発掘調査の結果、ほぼ完全に礎石が復元できる状態になり、その礎石の並びが京都の内裏清涼殿と間取りが同じだったことが明らかとなったのである。左右が逆になっているというちがいだけであった。
ただ、それが「御幸の御間」だったかどうかはわからない。加藤理文氏は『織田信長の城』の中で、『信長公記』の天正10年(1582)正月の諸将による「御幸の御間」見学の記事を読む限り、伝本丸のところの建物とは考えられないとし、伝二の丸北側にあったのではないかとしている。

安土城の伝二の丸は天主台跡西下に位置する(写真は伝二の丸下石垣)
伝二の丸は、現在、信長廟があるところで、城郭研究者の多くは、そこが本丸だったのではないかとしている。本丸だったとすれば、そこに本丸御殿があり、その奥に「御幸の御間」があったとしてもおかしくない。
なお、私が注目しているのは、伝本丸の清涼殿風建物だったとしても、伝二の丸の本丸御殿の奥だったとしても、天皇は信長より下になる。信長が天主に寝起きしたことは有名で、信長は天皇を見下す形となるわけで、このことと本能寺の変が微妙にからんでいるのではないかというのが私の考えである。

安土城 伝二の丸信長廟。本能寺の変の翌年、羽柴秀吉が信長の遺愛品を埋葬し本廟とした
朝廷を信長から守ろうとした光秀
光秀が何人もの公家と親しかったことは公家たちの書いた日記からも明らかである。そのため、本能寺の変の光秀謀反の理由として朝廷黒幕説といったものが提起されたことは周知の通りである。私自身は、光秀が朝廷の誰かからそそのかされて決行に及んだとは考えていないので、朝廷黒幕説には否定的な考えをしているが、朝廷とのつながりを全否定しているわけではない。
信長が暦に口出しをしたことはよく知られている。当時、朝廷の陰陽頭・天文博士の土御門家の制定する宣明暦(せんみょうれき)が全国的な統一された暦として使われていた。それに対し信長は「濃尾の暦者」が作った暦を使うよう要求していた。公家の勧修寺晴豊はその日記『日々記』に「いわれさる事也。これ、信長むりなる事と各申事也」と書きつけている。
京都御馬揃えのときに「きんしや」を身につけて天皇の前に現れた信長、天皇を下に見下す形となる「御幸の御間」、そして天皇大権に属す暦への口出しを、光秀は信長の暴走とみたのではなかろうか。
そして、信長の非道ともいえる行為の極め付けともいえるのが、天正10年(1582)3月の信長・信忠父子による武田攻めのときにおこっている。武田氏の菩提寺である甲斐の恵林寺焼き討ちである。住持の快川紹喜は正親町天皇から国師号を与えられた高僧だった。その快川紹喜もこのとき焼き殺されていたのである。
なお、本能寺の変のあと、光秀が安土城に入ったとき、勅使として光秀を訪ねた吉田兼見が「誠仁親王は光秀に京都の経営を任せる意向をもっているようです」と伝えていることも見逃せない。
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執筆/小和田哲男(おわだてつお)
公益財団法人日本城郭協会 理事長
日本中世史、特に戦国時代史研究の第一人者として知られる。1944年生。静岡市出身。1972年、早稲田大学大学院文学研究科 博士課程修了。静岡大学教育学部専任講師、教授などを経て、同大学名誉教授。
著書 『戦国武将の手紙を読む 浮かびあがる人間模様』(中央公論新社、2010)
『明智光秀・秀満』(ミネルヴァ書房、2019)ほか多数
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