2023/08/02
家康を支えた徳川家臣団の城 家康を支えた徳川家臣団の城 第5回 横須賀城
NHK大河ドラマ『どうする家康』の主人公・徳川家康が、三河国の領主から天下人へと駆け上がっていった陰には、優秀な家臣団の存在がありました。そんな家臣団にまつわるお城にスポットライトを当てる、小和田哲男先生の連載講座「家康を支えた徳川家臣団の城」。第5回は、徳川二十八神将の一人に数えられる大須賀康高が城主を務めた横須賀城です。横須賀城が高天神城攻めのために築かれるまでの背景を、戦況や家康の思惑に注目しながら解説します
高天神城攻めの付城馬伏塚城を築く
横須賀城主となる大須賀康高は、家康の家臣としては、経歴が少し異色である。家康による能力本位の人材抜擢人事を実証する一人といってよいのかもしれない。
康高は、はじめから家康の家臣だったわけではなく、三河国碧海郡上野城(愛知県豊田市)の酒井忠尚(ただよし)の家臣だった。酒井忠尚が永禄6年(1563)から翌年にかけての三河一向一揆のとき、一揆方となったため三河を追放されたあと、家康に仕えるようになり、次第に戦功をあげ、頭角を現しはじめたのである。
前回の高天神城(静岡県掛川市)のところでみたように、天正2年(1574)6月17日、城主だった小笠原氏助が武田勝頼に降伏してしまったため、高天神城が武田方になった。そこで家康は、高天神城に対する押さえの城を築く必要に迫られ、大須賀康高に命じて対の城、すなわち付城を築くことになった。このとき、最初に選ばれたのが馬伏塚(まむしづか)城(静岡県袋井市)であった。馬伏塚城は高天神城主小笠原氏の居城だったところで、そこは、小笠山の西南山麓のうち、南側に延びた丘陵の先端に位置し、周囲は湿地帯である。

馬伏塚城 本丸
おそらく、場所としては小笠原氏時代の馬伏塚城をそのまま使い、少し手を入れ、修築といった程度だったのであろう。早くも、その年の8月には康高が馬伏塚城に入っている。
家康は、「馬伏塚城では高天神城が遠すぎる」と考えたのであろう。もう少し近くに付城を築きたいと思い、康高に命じて、新しい城を築くことになった。それが横須賀城(静岡県掛川市)である。
馬伏塚城から横須賀城へ
では、それはいつのことだったのだろうか。従来の通説は、天正6年(1578)3月21日に築城を開始し、同8年(1580)に完成したとする。
ところが、それ以前から横須賀城が存在していたことを記す史料があり、現在ではこれまでの通説に疑問符がつけられている。たとえば『浜松御在城記』には、天正4年(1576)のこととして、「大須賀五郎左衛門康高ニ仰セ付ケラレ、横須賀ニ城ヲ御築成サレ、出来。即五郎左衛門與筧助太夫ト入レ置カレ候。横須賀、是ヨリ御城之有リ候。城近ニヲカサ山ト云所ニ、取手ヲモ構エラルノ由」とある。

横須賀城 三の丸
また、史料としての信憑性の高いことで定評のある松平家忠の日記『家忠日記』にも、天正5年(1577)7月3日の条に、「よこすか取出場」という表記がみえ、そのころ普請の最中だったことがうかがわれるので、従来の通説である天正6年3月21日築城開始説は再検討の余地があるように思われる。
実は、天正4年の段階にすでに横須賀に城があったことは、武田方の史料『甲陽軍鑑』にも、その品第53に、「天正四年丙子ノ春、遠州高天神ノ城ヘ米入らるゝとて、勝頼公きとうぐんへ馬を出され候。殊ニ高天神の押に家康より横須賀と云所に城をとり、大須賀五郎左衛門と申家老を指置」とみえるのである。
なお、高天神城が天正9年(1581)に落城したあと、家康は高天神城を廃城にし、横須賀城をこの地支配の拠点城郭とし、康高を城主に任命している。したがって、その後、康高が手を入れているので、どこまでが付城時代の城で、どこからが織豊期の城なのかの区別が難しいところもある。本丸の北に北の丸があり、その先に松尾山がある。そのあたりが付城時代の中心部ではないかと考えられる。

横須賀城が高天神城の付城だった時代の中心地帯と考えられる松尾山
城は、東から三の丸・本丸・西の丸・二の丸と並ぶ連郭式の縄張で、本丸と西の丸の部分は近世城郭として整備され、玉石を積んだ特徴的な石垣で知られている。
康高は、天正17年(1589)、62歳で亡くなり、自らが建立した撰要寺(せんようじ)に葬られており、その撰要寺の門は、横須賀城の不開門だったものが明治初頭の廃城時に移築されたものである。
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執筆/小和田哲男(おわだてつお)
公益財団法人日本城郭協会 理事長
日本中世史、特に戦国時代史研究の第一人者として知られる。1944年生。静岡市出身。1972年、早稲田大学大学院文学研究科 博士課程修了。静岡大学教育学部専任講師、教授などを経て、同大学名誉教授。
著書 『戦国武将の手紙を読む 浮かびあがる人間模様』(中央公論新社、2010)
『明智光秀・秀満』(ミネルヴァ書房、2019)ほか多数
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