家康を支えた徳川家臣団の城 家康を支えた徳川家臣団の城 第10回 箕輪城

徳川四天王といわれる4人の内、酒井忠次・本多忠勝・榊原康政の3人までは三河出身で、純然たる三河武士・三河譜代である。しかし、4人目の井伊直政は三河ではなく、遠江(とおとうみ)の出身だった。

直政の父井伊直親は遠江の井伊谷城(静岡県浜松市北区引佐町)の城主で、戦国大名今川氏に仕えていた。ところが、永禄5年(1562)、直親は家康に通じたとの理由で謀殺されてしまったのである。そのとき2歳だった直政は縁戚によって匿(かくま)われて育ち、それから13年後の天正3年(1575)、15歳になった直政は、浜松城主となっていた家康に小姓として仕えることになった。

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