2026/01/07
城をめぐる最新研究|小和田哲男 城をめぐる最新研究 第8回「菩提山城の山上に竹中半兵衛の居館があった」
戦国の城の通念として、「平時の居館と戦時の詰の城」といういい方がある。戦いが無い時は平地の居館で生活し、戦いの時だけ、近くの山上に築かれた山城に籠城して戦うというものである。「居館と山城がセットになっていた」ということになる。
ところが、そうした通念を打ち破る研究が発掘調査によって浮かび上がってきた。豊臣秀吉の軍師として知られた竹中半兵衛重治の居城、美濃の菩提山城の発掘調査によって、山上の本丸とよばれるところから、礎石建ち建物のあったことを示す礎石が出土したのである。岐阜県不破郡垂井町の教育委員会が2024年度から進めている発掘調査によって明らかになったものである。
ところが、そうした通念を打ち破る研究が発掘調査によって浮かび上がってきた。豊臣秀吉の軍師として知られた竹中半兵衛重治の居城、美濃の菩提山城の発掘調査によって、山上の本丸とよばれるところから、礎石建ち建物のあったことを示す礎石が出土したのである。岐阜県不破郡垂井町の教育委員会が2024年度から進めている発掘調査によって明らかになったものである。










