倭城を歩こう(中井均・加藤理文) 倭城の見方編 第2回ー朝鮮出兵の準備ー|加藤理文

天正15年(1585)天下統一を目前に控えた豊臣秀吉は、腹心の一柳直末(末安)に「日本国はおろか、唐国まで征伐する」と言い放ったと伝わります。誰もが秀吉得意のパフォーマンスだと思っていましたが、その言葉から2年後、対馬の宗氏に李氏朝鮮国王の来日交渉を命ずるのです。同18年、後北条氏を滅ぼすと、待っていた朝鮮の通信使が到着します。秀吉は、朝鮮が帰服を表明したと錯覚し、明への道案内を求めますが、拒絶されてしまいました。

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