ドラマの時代考証ってどんなことをするの? 歴史研究家・小和田泰経先生に聞く時代考証の裏側

大河ドラマ『麒麟がくる』のような歴史ドラマや映画には、俳優だけでなく数多くのスタッフが携わっています。その中でも、表に出ることは少ないけれど重要な役割を担っているのが「時代考証者」。でも、時代考証という言葉からなんとなく役割は想像できるけど、具体的にはどんなことをしているの?と思いませんか。そこで今回は、『麒麟がくる』に資料提供や公式サイトの「トリセツ」の監修として参加し、ほかにも数々の映像作品やメディアで時代考証を務めてきた歴史研究家の小和田泰経先生に、その役割の内容や裏話を教えていただきました。

小和田泰経
お城EXPO公式グッズの城マスクを着けて取材に応じてくださる小和田泰経先生

「そのシーンで誰が一番偉いのか」、上下関係が難しい

──そもそもの疑問なのですが、時代考証とは具体的にどんなことを行うのですか?

広い意味で言うと、映像作品や書籍に描かれている歴史的な内容が、その時代に即しているものかどうかチェックすること。例えば、武将と家臣が一緒にいるシーンなら「この家臣は、実際にその場にいたのか?」ということまで調べる必要があります。そうした物語と史実の整合性はもちろんのこと、衣食住や話し言葉といった生活様式から、身分によって異なる所作や上下関係の表し方まで、考証すべき内容は多岐に渡ります。

──画面等に映るあらゆることを検証していくですね。確認していく上で、一番大変なのはどういったことなのでしょうか?

一番難しいのは「その場で誰が偉いのか」。特に戦国時代は、身分によって衣装も異なりますし、時期が数カ月違うだけで、その人の序列や立場が変わります。人物たちの衣装や座る場所と彼らの上下関係を一致させ、そのシーンだけでも身分の違いが分かるように見せることも時代考証の一つです。

──確かに「麒麟がくる」でも、今井宗久がお茶を点てるシーンで、庶民の駒と光秀では、出される茶碗が違っていて、身分の違いが表れていました。こうした時代考証の役割は、作品や媒体が違っても基本的には同じですか?

大河ドラマのように規模の大きな作品になると、衣装・建築・所作・話し言葉・芸事・宗教・茶道など各分野の専門家たちの見解もふまえ、整合性をチェックしています。もちろん、それは多くの専門家を招くことが可能な大河ドラマであるからできることで、ふつうはあらゆる内容をひとりで考証することになります。

時代考証の意見をどう活かすかは演出の範疇


──ドラマや映画の場合、制作段階のどのあたりから時代考証に臨んでいらっしゃるるのですか?

基本的には台本が出来た段階で、歴史的に間違ってないか内容をチェックしています。あるいは、台本を執筆中の脚本家から「このシーンで〇〇と△△は実際に会っていたでしょうか」と質問があったり、いざ撮影中に現場で整合性の疑問が生まれて確認を求められる場合もあります。その場合は、あくまでも客観的事実に基づいて具申します。

──そのように具申した内容はすべてドラマに反映されるものですか?

あくまで時代考証の立場として「こう思います」と意見を言うだけで、その具申した内容が必ずしも採用されるわけではありません。考証内容を取り上げるかどうか、またどんな説を選ぶかは、演出の判断に委ねられています。事前に視聴する場合もありますが、最終的に考証内容がどのように取捨選択されたかを私たちが知るのは、オンエアを見る段階になることが多いです。

──放送されて初めてわかるのですね! 専門家の意見は必ず反映され、また実際に反映されているか事前に確認するものだと思っていたので、少し意外です。

時代考証というのはあくまで制作のお手伝いをしている立場なので、史実の範囲内にある程度収まってさえいれば、あとは脚本の世界観やストーリーが壊れないようにうまくバランスを取るのは制作サイドの自由だと思っています。当時の様子を100%リアルに再現するということはかなり厳しいですし、再現にこだわりすぎてもドラマとして面白くならないでしょうから。ドラマとして面白いことが第一です。

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地図や小道具の制作に一役買うことも


──先ほど大河ドラマの例が挙がりましたが、複数の専門家が時代考証に参加する場合、全員で意見を交わし合う場は設けられるのですか?

大河ドラマの場合は定期的に考証会議が行われます。いろいろな専門家の方がいらっしゃるので、意見を交わし合うことで、考証の質も高まると思います。また、制作サイドからの質問もでますが、ふだんあまり気にしていないようなことをつかれたりして、いい勉強をさせてもらっています。その場では返答できない細かい内容もあって、後日、典拠となる史料にあたらなければならないことも多々ありました。

──ひと昔前のドラマと現代のドラマで、時代考証で変わったことはありますか?

時代考証で行うこと自体は同じですが、時代によって歴史の研究が進展し、その最新の説が考証に反映されるという違いはあります。例えば、「国盗り物語」での斎藤道三は一代にして美濃を国盗りしたと描かれましたが、今では道三の父親と二代で成し遂げたものであることが通説となっているので、今回の『麒麟がくる』では台詞でそのように説明されていました。

──歴史との整合性の確認以外で、ドラマの制作で協力することはありますか?

地図の絵や書状の文面など小道具の原案を作ることもあります。あと、ドラマだと武将の軍勢がどう動いたか地図の上で示す映像がありますよね。あの動きをどう再現するかも時代考証として求められます。とはいえ、史料では「〇〇から△△へ移った」とだけしか記されていないこともあり、それだけでは映像は作れません。記録として残っていない場合は当時の状況から「このルートでこう動いただろう」と想像を働かせています。

──『麒麟がくる』の番組ホームページで、「トリセツ」というドラマの設定や世界観の解説監修も務めてらっしゃいますね。

ドラマの背景をわかりやすく解説するために、相関図や地図を用いて解説しているのですが、この相関図や地図というのが曲者なのです。戦国時代は、誰が敵で誰が味方なのか、そう簡単にわりきれません。こういうのを図示するのが一番難しいですね。相関図でいえば、『麒麟がくる』では、信長の上洛後、松永久秀と協力関係にある設定になっていますが、だからといって本当に手を組んでいたのかは怪しいところです。桶狭間の戦いの直前に、今川義元の領国を色分けするときにも、尾張国内のなかでも、どこまでが今川領でどこまでが織田領であったのか、簡単には塗り分けできません。こういう勢力図は、歴史上でも勢力範囲が月単位で変わることがあるので、塗り分けには苦労します。

ドラマや映画以上に厳密な時代考証が求められるものは?


──ドラマ以外でも、時代考証として携わるスタンスは基本的に同じですか?

例えば、博物館に展示される再現動画やレプリカ甲冑。書籍に掲載されるCGやイラスト。こうしたフィクションと違って、絶対に間違いがあってはいけないものにおいては、ドラマのような「最低限の史実を押さえて違和感がなければ十分」という演出重視のスタンスではなく、もっと厳密に時代考証とその反映が徹底されています。

──不特定多数の人が娯楽として楽しむドラマと違って、博物館や書籍は関心のある人たちが事実を求めて真剣に見るから、時代考証の大変さも増すのではないでしょうか?

博物館の展示資料や書籍に掲載されるCGやイラストであっても、時代考証として行うことはドラマと同じく「事実に即しているかどうかの確認」なので、特別に大変ということはありません。考証として行う作業はまったく同じです。ただ、関心のある方が真剣に見ているというのは、その通りのようです。たまに電話やメールが来ますから(笑)。

──これまでさまざまな時代考証を務めてこられてきた中で、特に印象に残っているものはありますか?

戦国武将の甲冑を想像で制作したときの考証です。現物がまるごと残っている甲冑をそのままレプリカとして再現するのではなく、兜や胴体など一部しか残っていない甲冑が実際にどんなものだったか想像する考証は楽しかったですね。当時の甲冑の様式に照らし合わせたり本人の生きざまから「こんな甲冑を着るはず」と推測したり、想像力が膨らんでワクワクします。

──わからない部分は推測する。時代考証というのは、史実に則しているかどうかの確認だけではないのですね。

戦国時代の資料というのはジグソーパズルみたいなもので、ピースが欠けているように情報が部分的に残っていない場合があります。そんな時は、欠けたピースを想像しながら情報を補わざるをえません。推測する部分も、もちろん荒唐無稽なものにならないよう、当時の常識にのっとる必要があります。

──小和田先生は時代考証だけでなく歴史番組などにご出演もされていますが、これまで「歴史に詳しいなあ」「歴史が好きな方だな」と思われた共演者はいましたか?

岡田准一さんとはNHKの番組『ザ・プロファイラー』で共演したことがありますが、これまで歴史ものの映画やドラマに数多く出演し、また歴史の先生になりたかったぐらい歴史好きな方なので相当詳しかったですね。あと、乃木坂46の山崎怜奈さんとは、 ひかりTVチャンネル+の番組『歴史のじかん』にゲスト出演させていただきましたが、歴史に詳しいというだけでなく、歴史上の人物に対する愛情を感じました。

──では最後に、時代考証の魅力がどんなところにあるか教えていただけますか。

今とは異なる遠い時代の出来事や人々の暮らしが実際はどうだったかを、紋切り型のワンパターンではなく多様性を示しながら、立体的なビジュアルで現代に再現できることでしょう。皆さんにはぜひ、違和感なく当時の雰囲気をリアルに感じながらドラマや書籍を楽しんでいただけたらと思います。


<プロフィール>
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小和田泰経(おわだやすつね)
静岡英和学院大学講師
歴史研究家/日本城郭協会理事
1972年生。國學院大學大学院 文学研究科博士課程後期退学。専門は日本中世史。
著書 『家康と茶屋四郎次郎』(静岡新聞社、2007年)
   『戦国合戦史事典 存亡を懸けた戦国864の戦い』(新紀元社、2010年)
   『兵法 勝ち残るための戦略と戦術』(新紀元社、2011年)
   『別冊太陽 歴史ムック〈徹底的に歩く〉織田信長天下布武の足跡』(小和田哲男共著、平凡社、2012年)ほか多数。

執筆/城びと編集部

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