2022/05/23
前田慶次の自腹でお城めぐり 【第14回】凸松坂城 後編~武家と商人が作りし松坂~
お城に関する豊富な知識を持つ「名古屋おもてなし武将隊」の一員・前田慶次様が、全国のお城を実際にめぐりながら歴史・特徴・魅力を解説。今回は、織田信長と豊臣秀吉に仕えた武将・蒲生氏郷が築いた松坂城(三重県松阪市)の後編。本丸へ着陣した慶次が、堅守の城として名高い往時の姿を思い起こさせる遺構の数々から、ある映画の撮影地にもなった屋敷までくまなくご紹介! さらに、武家屋敷や地元の銘菓など城下町の注目スポットもご案内します。
※この記事での地名表記は、明治以前を指す場合は「松坂」、明治以降を指す場合は「松阪」を用いています。
▼前編
【第14回】凸松坂城 前編~名城と商いの町~
▼中編
【第14回】凸松坂城 中編~匠の石垣の秘密~
皆の衆、我こそは名古屋おもてなし武将隊天下御免ノ傾奇者前田慶次である。
此度(こたび)城びとと同盟を結び、此の前田慶次が連載を持つ事と相成った。
先ずは、名乗りを上げよう。

前田慶次齢四八十歳。戦国の世では天下御免ノ傾奇者として名を馳せ申した。現世に蘇りは名古屋おもてなし武将隊の一角として、名古屋城を拠点に名古屋を世界一の観光都市にせんが為、日々戦働きに勤しむ。
演武といったパフォーマンスなるものを披露し、電波放送戦(テレビやラジオ)は常戦番組(レギュラー)を持ち、全国各地に遠征を繰り広げる。
結成十三年目を迎え、全国の武将隊の先駆けとして日ノ本を代表とする武将隊である。
して、儂前田慶次は現世に蘇り歴史の語り部として多くの戦に出陣して参った。
伝統芸能を伝える舞台出陣、歴史学者との対談、寺子屋(学校)での歴史授業。
名古屋城検定名誉顧問に叙任され、検定過去最高得点を叩き出す。
日本城郭検定にも挑戦し合格。
日ノ本が誇る歴史文化をより多くの者に伝えるべく、此度から城びとでの連載を始める次第。
題して
【前田慶次の自腹でお城めぐり】
他の連載と何が違うのか!?
・現世に生きる戦国武将自らが感じたことを紹介!
・傾奇者による城郭魅力度数値化!
・城巡りの手引書(案内)となる!
・地域の特色を織り交ぜ、観光が楽しくなる!
・イケメン(前田慶次)が見れる!
・要点を抑えた紹介!
・兎に角分かりやすい!
全国の城に直接己が足で出向き、城の見方、歴史を伝え、
其の城の傾き所(見所)や天守閣、男前田度(イケメン)を前田慶次の独断で評価する。
歴史初心者から玄人まで楽しめる、国宝連載となっておる。
ただ城を巡るのではなく! 儂の金子(金)で城に登城する。つまり限られた金子で巡る
旅の道中劇にも注目してもらいたい!!
また巡り方については、王道の道順を歩む故に参考にすると良い。。
凸松坂城 城郭の魅力度を数値化

蒲生氏郷がわずか3年で築城した近世城郭の先駆け!

【基本情報】
城郭構造:平山城
主な築城者:蒲生氏郷
築城年:1588年
廃城:1871年(明治4年)
指定文化財:松坂城跡(国指定史跡)
【歴史】
■四五百森城時代
松坂城の前身となる四五百森(よいほのもり)城を
北畠家の家・潮田長助が築城したと言われる。
縄文時代からこの地には人が多く居住していたことが出土品から分かっておる!
■蒲生氏郷が入城!
1584年、蒲生氏郷が松ヶ島城入城。松坂城築城を始める!
近江から伊勢へ。6万石から12万3千石の大出世!
蒲生氏郷は巨大天守建設・近江からの引越し・楽市楽座等の政で手腕を発揮し
松阪城は栄える!【松坂の基盤を作った】
■古田時代
1595年、古田重勝が3万4千石で入城。1619年に古田家は転封。
■紀州徳川家時代
1619年、紀州藩松坂城代が置かれる。紀州藩領として明治維新を迎える。
■最近の出来事
2006年、日本100名城に指定。
2011年、国の史跡に指定。

本丸上段にやって参った!

本丸には隅に櫓を配しておった。
「敵見櫓」と「金の間櫓」の2つの櫓を多聞櫓で連結した守りの固い備えであった!
金の間櫓には黄金の間があり、豪華絢爛な櫓であったそうじゃ!
慶次「儂が松坂城に登城した折は、氏郷も黄金の間で出迎えてくれたであろうな!」

蒲生氏郷時代の野面積みの石垣

天守閣跡

【天守台に使用された〇〇】
本丸上段の見所と申せば、天守閣跡である。天守閣が残っておらぬは惜しい。
築城時は3層の望楼型天守であったそうじゃ!
また、櫓と接続しておった為「連立式天守」という最先端天守を構えておった!
寛永21年(1644)に天守は台風により倒壊。
以降は天守台のみとなり、二の丸に紀州徳川家の陣屋が築城された。
氏郷の天守見たかったのぅ。
安土桃山期の築城名人の天守は現世に残っておれば確実に人気を博したであろう。
然し乍(なが)ら、ただでは倒れぬのが蒲生氏郷! 天守閣跡には実に珍しいものが見られる。
それが石棺!
転用石(寺社等に使用した石)は徳川様の治世で築城された城では数多く見られるが(築城ラッシュで石不足の為)、蒲生氏郷の時代に石棺を利用した転用石は珍しい。
松坂城では更に珍しく、石棺は古墳時代のものがあるとか。
バチ当たりと思う者もおるやもしれんが、我等は魔除けの意味合いとしても利用。
目立つ場所に使用するのも、石材を差し出してくれた者達への感謝の意味も込めて
敢えて見せるという我等なりの気遣いでもあるのじゃ!
また、大量の石材が必要であったことが伺える。
それだけ壮大な城造りを目指した蒲生氏郷の心が跡から分かる!


天守へ登る為の雁木
【出土品から氏郷の凄さが分かる!】
本丸は平成初期に発掘調査が行われ、金箔瓦等が出土された!
当時の金箔瓦と申すと天下人の証として使用されておった。
故に織田信長様の居城を始め織田一族の城、羽柴家の城の特徴である!
蒲生氏郷の松坂城からそれが発見されたのは、
氏郷が織田家にとって特別な存在であったことが分かろう。

【きたい丸】
本丸西にある曲輪「きたい丸」。
此処は嘗(かつ)ての城主「古田重勝」の子、重恒の幼名「希代丸」に因んで命名。
東西南北に櫓を備えた守りの固い曲輪である!
「梅林」は築城時から存在したようで、兵糧用に備えたようじゃ。
現在は花見として楽しまれておる!


慶次「搦手(裏)も喰違虎口になっておるとは恐れ入った!
松坂城はやはり攻め難い難攻不落の城也」


【誰も知らない古写真で見る松坂城】
頂戴した資料によるとこの場所に
「蒲生城追手門」と呼ばれし瓦葺の二階建ての城門が存在した!
追手門と記されるが、実際は搦手にあり中間にあった故に中御門である!
また、資料(明治5年に撮影した写真)では茅葺きに改修されておる。
此れは貴重な情報でるぞ! 松坂城門が多く存在したようじゃ!
慶次「斯様な資料から復元ができれば良いな」
して、そのまま進軍して参ると


隠居丸に着陣!
此処は城主古田家の隠居屋敷があったとされる。
現在は違う物が建っておるそうじゃ!
気になる故に参ろうぞ!!

【民の声で保存された日本が誇る学者の屋敷】
江戸時代の有名な学者、本居宣長の旧宅(鈴屋)が御座る!
本居宣長は松阪出自で所縁の人物である。
元々城下町にあった屋敷を保存しようという声が高まり
明治42年、隠居丸に移築して参ったそうじゃ。
隣には桜松閣という管理事務所なるものが建てられ、
現在は「国指定特別史跡」に指定される日本にとって重要な建築物が松坂城内にある!
また、日本庭園もあり雅な景観を楽しめる故に前撮りでも人気と聞く!
慶次「儂も文化人の端くれとして、これは気になるぞ」


【鈴屋】
本居宣長の勉学部屋。鈴屋の広さは僅か4畳半! 狭い!
鈴屋の由来は、本居宣長が鈴の音色が好きであったようで、此れを聴きながら勉学に励んだそうじゃ。
慶次「勉学に励む際は集中力が要。鈴を用いて心を安らかにしておったのか」
隠居丸から二の丸へ参る!

【二の丸御殿、紀州徳川家の陣屋】
二の丸跡にやって参った。
此処は嘗て二の丸御殿が存在した!
して、後に紀州徳川家の屋敷「徳川陣屋」が築城された!
此の陣屋に関しては資料も残っており図面を見させてもらったが、随分と大きな御殿であった!
此れも復元対象であると思う故に、今後の楽しみである!
此の陣屋を築城するべく、二の丸周辺を改修したようで曲輪が一部出っ張りを見せておるが、
此れは陣屋の為に広げたのではないかとされる!
恐らくその時に石垣も一気に改修し「打込み接(うちこみはぎ)」の高さある石垣が築かれたのであろう。

二の丸の目の前には高さのある石垣の上には「太鼓隅櫓」が嘗て存在した!
敵兵が参った事を報せる伝令としての役割を担った太鼓櫓はどの城にも大体存在する!
しても石垣が見事である故に圧巻の光景であったことが分かるぞ!
して、二の丸からとあるものが見られるぞ!

【重要文化財に住める?】
此の長屋のように広がっておる屋敷見えるか?
此れが「御城番屋敷(ごじょうばんやしき)」と呼ばれし重要文化財指定を受ける貴重な建築物。
松阪を警護する「松坂御城番」という役職の武士 20 人とその家族が住んだ武家屋敷である。
全国的に現存する江戸時代の武家屋敷でも最大規模を誇る!
聞くとこの屋敷住めるそうじゃ!!
重要文化財に住めるとは聞いた事が無い。
故にか大変人気で儂が訪ねた時には満室であった。
慶次「空き次第儂も借りるか!」
二の丸から三の丸へ。

っとその前に城内にて。
転用石も多く見られる松坂城でも珍しい「猪目型♡」の石を発見!
此れは皆が実際に足を運んで見つけてちょーよ!!



二の丸から三の丸に降りてすぐ。【御米櫓跡】
松坂城内最大の高さを誇る石垣三の丸に御座る!
慶次「どえりゃー高いじゃろ? 三の丸から見る石垣は壮大である!
江戸期に入ってから打ち込接の技術を使って築かれた石垣は
蒲生時代とは異なった堅牢さに圧倒されるぞ!」
算木積みの石垣に加え鏡石のような大き目な石もちらほら見られるぞ!
ほいで此処は

平成14年(2002)に隠居丸部分の石垣修復を行った際に、
江戸期に石垣修復をした痕跡を発見した場所でもある。
ちぃとだけ石垣の種類の違いが見られる。
足元の石積みが元の石垣の跡で御座る!
ぐるっと回って二の丸側の石垣には

松坂城最大の鏡石が御座る!
江戸期に改修された石垣故に石の加工も蒲生時代とはまるで異なる。
この写し絵だけ見れば江戸時代の城と説明できよう。
安土桃山期と江戸期双方を体感できるのが松坂城!
慶次「二の丸から見た御城番屋敷へ参ろー」

整えられた街道の中に「御城番屋敷」が御座る!
慶次「何やらあの映画作品の撮影ロケ地にもなったとか。どれどれ」

【るろうに剣心】
現世で大変人気の絵巻作品『るろうに剣心』の撮影地でもる御城番屋敷!
実際に使用された場面の写し絵も展示してあり申す!
慶次「佐藤健殿を中心に好きな役者がおったらば
同じ所で写し絵を皆も撮ってみては如何であろう?」

有村架純殿が座った場所じゃと。
慶次「儂ですら座った場所です!と立て看板置かれた事が無いというのに。
るろうに剣心の作品の人気ぶりが伺える!」
今一度申すが
人気作品にも使用される貴重な建築物に住める!
他にも斯様な場所があれば教えて欲しいのう。
恐らく松坂だけではないか?
続いては三の丸から城下町へ繰り出すぞ!
城下町は商いの町松阪らしく多くの重要な屋敷が残っておる!
それらを巡っていくぞ!

城下町を歩んでおると、小学校(第一小学校)の目の前に小さな川が流れておる。
実は此れ嘗ての堀の一部とされておる。

慶次「古地図から嘗ての城郭の全体像を知るとより楽しめる」
小学校の目の前にあった小さな川は、
松坂城全体を囲む堀であったことが古地図から分かる!
堀に加えて土塁で高さを出して松坂城が丘に存在したことがより実感できようぞ!
城下町の中に歴史を楽しめる場所が松阪にはある!
それがこちら

【原田二郎旧宅】
此れは江戸時代末期の武家屋敷。
明治~大正時代に活躍した実業家「原田二郎」の生まれ育った家に候。
見学ができるそうだで中に出陣じゃ!

松坂城の古地図や二の丸御殿に使用された鬼瓦が展示されており興味深い資料が多く御座った。
学芸員曰く、松坂城はこの通り皆が思っている以上に資料が多く残っておる。

二の丸御殿の詳細な図面もこの通り。此れは復元への想いが高まるやつじゃ!!
続いても屋敷を巡るぞ!!


【旧長谷川治郎兵衛家】
松阪出自の豪商長谷川治郎兵衛の本宅である!
長谷川治郎兵衛は数ある豪商の中でもいち早く江戸に進出し
木綿商で莫大な財を成した男である!
現世で申せば皆が知るような企業の社長の屋敷と考えて
見てもらうと想像が付きやすかろう。
慶次「驚く程広いぞ!?」
中に蔵が4棟もあり、回遊式庭園も備えており大名の御殿か?思ってしまう程広大な屋敷となっておる。
また、歴史的重要な資料も数多く良好な状態で保存されており展示物を見る事が叶うぞ!
続いては現世の観光をするが為の案内所に参るぞ!

【豪商のまち松阪 観光交流センター】
慶次「最後に儂は訪ねたが、先ず城に登城する前に
此処で情報を収集するのでも良いぞ!」
松坂の歴史文化・食・お土産まで様々な魅力をここで知る事ができる!
して、すぐ近くには情報収集以外にも面白いものが御座る!
それが此方じゃ!!
【松阪もめん手織りセンター】
もめんで作られた製品が多く御座り土産にも良いが、なんと体験ができる!

【松阪名物・松坂木綿の織物体験】
嘗ての道具を用いて織物体験!
松坂木綿は江戸の町で大人気となり現世で申す大人気ブランドであった!
慶次「嘗て、家臣になんでも任せておったが、
儂も民の生活を知る為に織物に挑戦! どえりゃー楽しかったぞ!」
伝統工芸を土産にしては如何であろうか?
歩きに歩いた故に腹も減った!松阪名物を食して参ろうと思う!

【柳屋奉善】
驚きの店があり申した! それがこちら柳屋奉善殿!
何と創業が戦国時代の天正3年(1575)。
蒲生家の拠点であった近江国日野町で創業したそうじゃ。
だで、蒲生氏郷の松阪転封に合わせてこっちにやって参ったわけじゃ!
慶次「蒲生家御用達の御菓子が如何なものか参る!」

これが天正3年(1575)から愛されておる御菓子・老伴(おいのとも)である!
早速食して参る!

「老伴」とは永遠に付合えるお菓子という意味。
片面のみの円形最中に、餡ではなく「羊羹」の入った珍しい和菓子である。
赤く染められた羊羹は『日の丸や太陽』を表し、縁起が良い!

慶次「美味さは勿論のこと、意味を付けて我等武士が
大事な合戦前に食べたくなるような工夫に感動致した。
氏郷の強さは民の想いを汲んだ事にあるのかなと。老伴を食して思うた。
羊羹の甘さと最中の香ばしさが良き相性である!」
続いて駅前に行軍してたらふく食べて参るぞー!

【はちみつまんじゅう】
松阪駅前に御座る「天輪焼」殿のはちみつまんじゅうじゃ!

小腹に誂(あつら)え向きのまんじゅうであるが、此れが美味い!
「小倉あん・白あん」があり甘くて美味いし、焼きたてで外はパリパリしており食感も楽しめる!
食べ歩き感覚で楽しめる故に、食べながら松坂城へ行軍しても良いかもしれん!!
小物で小腹を攻めたが、此の前田慶次此れでは満腹に非ず!
最後はあの有名な飯に参るぞ!!

【駅弁のあら竹】
駅前に御座る駅弁のあら竹殿に参った!
あら竹殿は創業明治28年(1895)。
松阪の地は商いの町だけあって店の歴史も深い所が多い!
此処で儂が食したいのが松阪牛の弁当で御座る!

牛の面を被った「モー太郎弁当」を購入!
此の弁当面妖で御座って、牛の面を外すと音を奏でる絡繰りが仕掛けてあり、楽しませてくれるぞ!

味は美味いか!じゃと?
慶次「当たり前田―――!!」
様々な地で名物の肉を食ってきたが松阪牛、誠に美味であった!!
【まとめ】
さぁ。皆々如何であったか?
儂も認める文化武人蒲生氏郷が築城せし「松坂城」の魅力と
氏郷の魂を受け継いだ松阪の民達が築いた商いの町の文化。
氏郷は早くしてこの世を去ってしまったが、
松坂の地を日ノ本を代表する町に仕立てようとした心が現世で感じることが出来た。
氏郷の転封に従ってやってきた商人達が、
主君亡き後を発展させ多くの豪商を生み江戸時代で名を轟かせた!
氏郷も喜んでおろうぞ。
安土桃山期に築城されたとは思えぬ城造りは、築城名人氏郷の才覚を目にすることができる。
天守は無いが、石垣の華美な姿と共に見事な縄張りには感服致す。
他の大名達に与えた影響は大きかろう。
復元も進めていくこともできる城郭という事で今後も目が離せぬ。
また松阪の地には是非にも参りたい!皆も登城してみるが良い!
次は何処の城へ参ろうか。また読んでちょーよ!
残金49152円
以上
名古屋おもてなし武将隊
天下御免ノ傾奇者 名古屋城検定名誉顧問 城びと連載人
前田慶次郎利益
凸伝令
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執筆・写真/前田慶次(名古屋おもてなし武将隊)











