特別版 お城EXPO in 姫路 徹底ガイド 「城びと」推薦!名城ルートガイド【姫路城】白鷺城の防御力を体感せよ!

世界遺産にもなっている姫路城、テレビや写真で姿を見ていても、実際にその地に立ち、目の前にするとその美しさ、大きさに圧倒されてしまいますね。どこも見どころで、いったいどこをどう見ていいのか分からなくなる方も多いのではないでしょうか。そこで、姫路城のおススメポイントをエピソードとともに紹介します!

姫路城がたどった歴史

姫路城は、南北朝時代に赤松氏が築いた中世城郭がはじまりで、黒田孝高(官兵衛)、羽柴秀吉などの有名武将も居城としていた城です。現在みられる城郭は、関ヶ原の戦い後に入城した池田輝政によって改修された姿。

明治時代になると陸軍省の管轄となり、三の丸の建物などが取り壊されてしまいます。しかし、陸軍大佐・中村重遠の働きかけによって、天守など多くの建物が保存されました。

平成5年(1993)には、美的完成度と江戸時代初期の建築が良好に保存されている点が評価され、世界文化遺産に登録されました。

姫路城ではここを見よ!

姫路城、ルートガイド

城内の数ある建造物のうち、8棟が国宝に、74棟が国の重要文化財に指定されている姫路城。見どころはここに書き尽くせないほど多いのですが、やはり見逃せないのは4基の天守群です。

最も大きい建物である大天守は高さ約31m(石垣を除く)と、日本一の規模を誇っています。他にもお菊井戸や刑部神社など、怪談や伝説の舞台となった場所も多数。伝説めぐりなどのテーマでまわってみるのも面白いかもしれません!

見どころ① 菱の門:天守へ向かっていざ進軍!

城にたどり着いたら天守へ向かって登城道をいざ進軍! この登城道の最初の関門となるのが菱の門。一見すると金装飾が施された優美な門にしか見えませんが、この門には敵兵を通さないための秘密が隠されています。

菱の門からは折れのある塀と石垣がのびており、門を閉ざしてしまうと完全な袋小路になります。そこを塀や門から一斉射撃することで殲滅(せんめつ)してしまうという仕組みです。

姫路城、枡形構造
枡形構造を構成する石垣と塀は目隠しの役割も持っており、城外からは門を攻撃することはおろか、門の構造を確認することすらできないのだ

見どころ② 三国堀:お堀越しに天守をパシャリ!

菱の門を入ると目の前に大きな池が現れます。実はこれは池ではなく、三国堀という堀。かつては用水池として使われていたと考えられています。

三国堀は天守の撮影スポットとしても有名で、堀越しに大天守、西小天守、乾小天守を撮ることができます。天気にもよりますが、上手くいけば堀に映る逆さ天守も撮れるかもしれません!

姫路城、天守
 三国堀越しに撮影した天守。この先も撮影スポットが目白押しなので、ここでカメラのメモリをいっぱいにしないように気をつけよう

見どころ③ 西の丸:悲劇の女性・千姫ゆかりの曲輪

三国堀から菱の門脇を通り抜けると、西の丸に出ます。ここは、徳川家康の孫娘・千姫が住んだ曲輪。千姫は、元々祖父・家康と敵対していた豊臣秀頼の妻で、大坂の陣で夫を失った後はふさぎ込む毎日を送っていました。

かわいい孫の悲しむ顔を見かねた家康は、千姫と年が近い本多忠刻と再婚させます。この時に千姫に与えられた持参金(化粧料)は10万石。現代のお金に換算すると約6億円という莫大な財産です(米1kgを約400円として計算)。

忠刻がこの化粧料で千姫のために増設した曲輪が西の丸。西の丸奥にある「化粧櫓」は千姫の化粧料で造られたことに由来して名付けられたといわれています。

このように仲のよい夫婦だった千姫と忠刻。一男一女に恵まれ幸せな日々を送っていましたが、長男の幸千代はわずか3歳で死去。追い打ちをかけるように数年後には忠刻とその母親、さらに千姫の母・お江までもが亡くなってしまったのです。

絶望の淵に落とされた千姫は娘・勝姫を連れて江戸に戻り、夫の冥福を祈りながら暮らしたといいます。悲劇の姫君がわずかな安息の日々を過ごした地と考えると、また違った見方ができそうですね。

化粧櫓
 化粧櫓は、毎朝天神さまに参拝する千姫の休憩所として使われていたという。櫓内には千姫と娘の勝姫の人形が展示されている

見どころ④ はの門〜にの門: まるで迷路!? 全滅必至の登城道

西の丸から三国堀へ戻り、いよいよ天守へと進軍開始! 最初の関門となるのは「はの門」。門と櫓が合体した櫓門で、門を突破しようとする敵を上から狙い撃ちにすることができるのです。はの門を突破して右に進むと、道が2つに分かれています。

現在は、右の道には立入禁止のロープが張られているため、左が正しいと分かるのですが、高い石垣に囲まれた左の道は一見すると行き止まりに見えます。ちなみに、現存していませんが、右の道の先には櫓が待ち構えており、道を間違えた敵兵は一網打尽です。

正しい道を選んでも難関はまだまだ続きます。狭間や櫓からの砲撃をくぐり抜けながら進んでいくと頭上には天守が。しかし、高石垣が行く手を阻むばかりで入口はどこにもありません。大人しく道順に従って進むと、目の前に奇妙な形の門が現れます。隅櫓(すみやぐら)の入口のようにも見える「にの門」で、内部はトンネルのようになっています。

天井が低い上に幅も狭い構造になっているのは、敵兵に武器を構えさせないため。出口で待ち伏せされていたらと思うと恐ろしいですね。にの門を突破すると天守まではもう一息。広い曲輪を通り抜けて「ほの門」へ向かいましょう!

姫路城、はの門
 はの門からにの門へ続く道。天守はもう目の前!…と思いきや、突き当たりで道がUターンしている。本当に天守にたどり着けるのかという不安をグッとこらえてにの門へ向かおう

見どころ⑤ 油壁・姥ヶ石:見逃し注意! 秀吉時代の面影

「ほの門」を抜けると、右手に茶色い土壁が現れます。姫路城の建物の壁はほとんどが真っ白なので、非常に違和感があります。この壁は「油壁」という名前で呼ばれており、池田氏よりも古い時代の技術で造られていることから、秀吉時代の遺構と言われています。

油壁の裏側に目を向けると、天守群の石垣の中に金網で覆われた小さな白い石があります。これは秀吉が城を改修した際に、付近に住む老婆が普請に使ってほしいと差し出した石臼で、「姥ヶ石」(うばがいし)と呼ばれています。とても小さな石なので、見逃さないようによく目を凝らしてみてください。

姫路城、姥ヶ石
 姥ヶ石があるのは、天守へと続く水ノ一門の左手にある乾小天守の石垣の中。少し高い場所にはまっているので、目線を上げて探してみよう

見どころ⑥ 大天守:徹底的に戦い抜け! 城主を守る最後の砦

複雑な登城道を抜けた先にあるのが姫路城のシンボルたる天守群です。乾小天守、西小天守、東小天守、大天守の4基の建物で構成されています。水ノ六門から大天守の中に入ってみると、意外にも内装は簡素。

これは天守が人の住む場所ではなく、軍事施設だったため。本丸まで敵に攻め込まれた場合に立てこもる最後の砦だった天守には、敵を攻撃するための「石打ち棚」、長期の籠城戦に備えた台所や厠などの設備が整えられています。

最上階からの眺めはこれまでの苦労を全て吹き飛ばしてくれるほどの絶景。70棟以上の城郭建築を上から見下ろす、他の城ではできない貴重な体験ができます。

姫路城、大天守最上階
 大天守最上階には城下まで見渡せる絶景が待っている。ここまでの順路を上から眺めてみると感慨深いものがある

見どころ⑦ 刑部神社(おさかべじんじゃ):守護神?化け狐? 天守に祀られる姫

大天守最上階の中心には、刑部神社という小さな神社があります。なぜ天守の中に神社があるのかと疑問に思う人もいるかもしれませんが、これには深い訳があるのです。

時は江戸時代初期、大改修が完了したばかりの姫路城では様々な怪異が起こっており、人々はこれを羽柴秀吉時代に姫山から移された刑部大神の祟りだと噂します。それを聞いた城主・池田輝政は、城内の鬼門に当たる「との門」に神社と八角堂を建てて刑部大神を祀り、見事祟りを鎮めたのでした。

その後、明治時代に現在の場所に移されました。伝承によっては、刑部大神は長壁姫という狐の妖怪とされることもあり、かの有名な剣豪・宮本武蔵に退治されたという伝説もあります。

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 大天守の最上階に鎮座する刑部神社


見どころ⑧ 備前門:姫路城の石垣には墓石が混じっている!? 

天守から下りたら、池田輝政が自身の居館をおいた備前丸方面へ。曲輪の入口にあたる備前門は、少し変わった石材が使われているのでちょっと注目してみましょう。

門の右を固める石垣を見てみると、縦長の大きな石がはまっています(写真奥の赤丸をつけた石)。実はこの石、付近の墓地から運んできた石棺なのです。

このような、仏像や墓石を石垣として再利用する「転用石」は他の城でもよく見られ、備前門手前の石垣にも元石棺の転用石があります(写真手前の赤丸をつけた石)。こちらの石材は、左側からのぞき込むと内側が空洞になっていることが確認できるので、じっくり眺めてみてください。

姫路城、備前門
 備前門。赤い丸をつけて示したのが石棺を転用した石垣だ。城内には転用石の他、普請を担当した大名がつけた「刻印石」なども残っているので、変わった石探しをしてみるのも楽しいかもしれない

見どころ⑨ お菊井戸:「1ま〜い、2ま〜い」で有名な皿屋敷の舞台 

備前丸からさらに一段下りると、上山里曲輪に着きます。この曲輪で目を惹くのが、中央にある「お菊井戸」です。この井戸は主の家宝の皿を割ったという濡れ衣を着せられて殺されたお菊が夜な夜な皿を数えるシーンが有名な怪談、「番町皿屋敷」のモデルとされる曰くつきの場所。夜になったらお菊さんがお皿を数えている…、かもしれません。

お菊井戸
 お菊井戸は天守や備前丸に近い位置にあることから、いざというときの脱出用の抜け穴があるのではともいわれている

見どころ⑩ 城下町:天守をキレイに撮れる絶景スポットは? 

城内を攻略した後は、城外の天守撮影スポットをめぐってみましょう。まずは、姫路駅の駅前。駅からは城方向に道がまっすぐのびており、その先には来訪者を出迎えるように天守がそびえ、訪城への期待が高まります。

最も有名な王道スポットは大手口である桜門から徒歩約5分にある城見台公園でしょう。この公園には鯱の銅像が設置されていて、鯱の間からのぞく天守を撮影ができます。

姫路城、城見台公園
 城見台公園から撮影した姫路城。鯱と天守の2ショットは、城を訪れたという気分をより高めてくれる

他では見られない天守を撮影したいなら、城の搦手側にあるシロトピア記念公園へ行ってみましょう。大天守と東小天守を守るように建ち並ぶ井郭櫓(いのくるわやぐら)や帯郭櫓(おびくるわやぐら)など城の守りを感じさせる重厚な写真が撮影できます。

城見台公園に隣接する商業施設「イーグレひめじ」も絶好の撮影スポット。屋上庭園からは、なんと天守だけでなく城全体の撮影が可能なのです。ジオラマのような写真を撮ってみたい人は訪れてみてはいかがでしょうか。

また、城下町には古民家カフェなどのおしゃれなお店も多いので、城めぐりの合間に、美味しいコーヒーやスイーツを楽しんでみるのもよいのでは? 

姫路城、イーグレひめじ
 イーグレひめじから撮影した姫路城。春は桜、秋は紅葉が見事なので、ぜひ季節ごとに訪れたい

今回紹介したルートを回るのにかかる時間は、最短で2時間ほど。ですが、観光名所でもある姫路城は常に観光客が多く、見学時間には余裕を持たせておいた方がよいでしょう。姫路城には今回紹介した場所以外にも様々な見どころがあるので、半日くらい時間を割いてじっくり見て回るのがいいかもしれません!


姫路城の基本データ
【基礎データ】
築城・改修年:正平元年(1346)[赤松氏]、天正8年(1580)[羽柴秀吉]、慶長6年(1601)[池田輝政]
文化財:[国宝]大天守、西小天守、東小天守、乾小天守、イ・ロ・ハ・ニの渡櫓附台所1棟、[重要文化財]櫓27棟、門15棟、土塀31棟、築地塀1棟

【来城案内】
アクセス:JR姫路駅から徒歩約15分で大手門
駐車場:大手門前などに多数あり
日本100名城スタンプ設置場所:姫路城管理事務所内
登城時間:大手門から約20分で大天守
今回のルートでの所要時間:3〜4時間
オススメの服装:動きやすい普段着で行きましょう。大天守や西の丸百間廊下など靴を脱いで見学する建物があるので、靴下をはいていくことをオススメします
混雑予想:元日、ゴールデンウィーク、長期休み期間は混雑が予想されます。

執筆・写真/かみゆ歴史編集部
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。手がける主なジャンルは日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなど歴史全般。最近の編集制作物に『カラー版戦国の名城50』(中井均監修/宝島社)、『廃城をゆく6〜石垣の城を極める〜』(イカロス出版)などがある。


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