萩原さちこの城さんぽ 〜日本100名城・続日本100名城編〜 第2回 漆黒に艶めく天守の秘密 松本城

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5つの建物から構成される天守群は、すべて国宝。壁面の全面に黒漆が塗られ、山々を借景として輝きを放っている

日本古来の素材と職人技が生み出す、漆黒の美

昨年の終わりに、「城の科学〜個性豊かな天守の「超」技術」という書籍を出版しました。天守だけで城は語れませんが、本書ではあえて天守に特化。5つの国宝天守を中心に、歴史、構造や特徴、工夫に迫り、知・技・美という観点からその魅力を解き明かしました。天守の塗装についても、少し科学的な視点で書いています。今回は松本城(長野県松本市)の天守について、かいつまんでお話しましょう。

松本城天守の壁面には、今となっては日本で唯一、全面に黒漆が塗られています。深く光沢のある漆黒の艶めきは、化学塗料では表現できないもの。やはり、天然の樹脂塗料は輝きが違います。

この黒漆、毎年9〜10月にすべて塗り替えられているのをご存知でしょうか。漆は空気中の水分を取り込むことで乾く性質があるため、温度は20~25℃、湿度は60〜65%が乾燥させるための条件となります。野ざらしになっている天守の壁面は、漆器などのように湿度調整可能な乾燥室を使うわけにはいきません。そこで、気象条件を満たす秋口に塗り替えられるのです。

塗り替え作業の簡素化に役立っているのが、下地として下見板に塗られた渋墨(松煙と墨を柿渋に混ぜ、漆用のすり鉢で煉ったもの)です。日本古来の優秀素材である墨は、菌を繁殖させない成分であるため、防腐材となって天守の壁面を保護してくれるのです。また、黒色の素となる鉄も、古くから用いられているすばらしい素材。世界的にも注目される漆独自の黒色は、鉄とウルシオールの科学反応によって生み出されています。

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漆の黒色は、透漆を精製する段階で鉄分を混ぜて漆そのものを変化させている。月見櫓の朱色は、ベンガラを混ぜた色漆。壁面とは塗りの工程も異なり、塗り直しの際は湿度調整のため覆われる

こまめなメンテナンスが美しさを保つ

作業工程は、実にシンプルです。壁面を水洗いして古くなった漆の成分を流し落とし、下見板に大きな問題がなければ、その上から漆をひと塗りするだけ。前述のように下見板には優秀な下地が塗られていますから、よほどの災害などがない限り、下見板にダメージはありません。もちろん漆の塗り替えには熟練した職人の技術は不可欠ですが、漆喰塗籠のようにすべてを剥がして何層も塗り直す必要はなく、部分的な修復や重ね塗りが可能。足場を組むなどの大がかりな準備もいりません。

毎年の塗り替えとなると莫大な費用がかかっていそうですが、年に一度のメンテナンスのおかげで、松本城天守はコンディションが保たれ、当面は大修理の心配がありません。たとえば、漆喰の塗り直しを終えた姫路城天守と比較してみると、50年に一度の大修理とはいえ足掛け5年半もかかっています。トータルで考えれば、松本城天守のこまめな塗り変えはとても効率がよいのです。

四季折々の姿で私たちを楽しませてくれる、松本城の天守。その美に隠された秘密を知ると、また違った美しさが見えてくるのではないでしょうか。訪れたときは、漆の美にも注目してみてください。

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南側から望む天守群。春夏秋冬、どの季節に訪れても美しい。これからの季節は雪景色も見逃せない

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執筆・写真/萩原さちこ
城郭ライター、編集者。執筆業を中心に、メディア・イベント出演、講演など行う。著書に「わくわく城めぐり」(山と渓谷社)、「お城へ行こう!」(岩波書店)、「日本100名城めぐりの旅」(学研プラス)、「戦う城の科学」(SBクリエイティブ)、「江戸城の全貌」(さくら舎)、「城の科学〜個性豊かな天守の「超」技術〜」(講談社)など。ほか、新聞や雑誌、WEBサイトでの連載多数。公益財団法人日本城郭協会理事兼学術委員会学術委員。

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