現存12天守に登閣しよう 姫路城 第2回|今に伝わる伝説


播磨守護赤松氏の支城

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姫山に築かれた姫路城

姫路城は、姫路平野の中央に屹立する高さ45メートルの姫山に築かれた平山城です。

後醍醐天皇が倒幕の兵を挙げた元弘元年(1331)の元弘の乱に際して播磨守護赤松則村が陣を構え、南北朝時代の正平元・貞和2年 (1346)に則村の次男貞範が築城したことに始まるといいます。もちろん、その当時の姫路城は、いまの姫路城のように白亜の天守がそびえるような立派な城ではありません。せいぜい、砦のようなものであったとされています。

室町時代には、この赤松氏の嫡流が姫路城のある播磨国(兵庫県)の守護となりました。そして、姫路城は、赤松氏の一族小寺氏が城主となります。現在、姫路城の上山里曲輪には、播州皿屋敷の伝説にちなむ「お菊井戸」と呼ばれる古い井戸がありますが、この伝説は、小寺則職の時代におきたこととされています。

小寺則職が奸臣の青山鉄山に殺されそうになりますが、衣笠元信という忠臣がお菊という女性を女中として青山家に潜入させ、主君の窮地を救いました。しかし、お菊の行動は露見し、青山家の家宝である皿10枚のうち1枚を紛失した罪をなすりつけられたあげく、井戸に投げ込まれて殺されてしまったのです。その後、井戸のなかから、「1枚、2枚・・・」というように9枚まで数えるお菊の声が聞こえたということですが、もちろん、伝説の域をでるものではありません。

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金網が張られている「お菊井戸」

豊臣秀吉の改修

小寺氏は則職の子政職の代に、御着城を居城とし、姫路城は重臣の黒田重隆が守ることになりました。この黒田重隆の孫こそ、黒田官兵衛孝高です。戦国時代になると、小寺氏は安芸国(広島県)の毛利氏に従うのですが、そのため、播磨国に進出した織田信長に追放されてしまいます。このとき、黒田孝高は、信長から播磨平定を命じられた豊臣秀吉に、姫路城を提供しました。

こうして、天正8 年(1580) 、姫路城は秀吉によって改修され、3重の天守も建てられたのです。現在、乾小天守の石垣に「姥ヶ石」という名の石があり、秀吉の築城時に老婆が提供した石臼だと言い伝えられていますが、実際には、この部分の石垣は江戸時代のものなので伝説にすぎません。ただし、姫路城に限らず、変わった石材が用いられていることはよくあります。

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金網で保護されている「姥ヶ石」

天守を建てた池田輝政

姫路城は、その後も秀吉の一族が城主となっていましたが、関ヶ原の戦い後、徳川家康の娘婿にあたる池田輝政が入城しました。現在の姫路城は、慶長5 年(1600)に城主となった池田輝政によって拡張されたときのものです。天守をはじめとする建物も、このときに建てられました。池田輝政は、播磨のほかに備前・淡路を領する大々名で「姫路宰相100万石」とよばれるほどの財力がありましたから、これだけの城を築くことができたのでしょう。江戸時代には、なんと71もの櫓が姫路城に存在していました。家康の娘婿でもありましたので、西国の大名を押さえる役割を期待されていたのは言うまでもありません。

姫路城の天守は、四つあります。一般的に天守とよばれているのは五重七階の大天守で、高さは30メートルを超えており、現存しているなかではもっとも大きい天守です。この大天守には渡櫓によって三重の小天守が三つつながっています。防御のため、直接、大天守には入ることのできない構造になっていました。

江戸時代の天守に、人は住んでいませんでした。そのため、内部にはいたるところに武具掛けが設けられています。この武具掛けには、鑓・弓・鑓などを掛けておき、万が一のときに備えていました。天守が実戦のためのものだということが伝わってきます。

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城内の「武具掛け

最上階にあがれば、姫路平野を一望することができますが、山陽道を押さえる要衝に築かれたことがよくわかります。この最上階に鎮座している長壁(おさかべ)神社は、姫路を守る土地の神を祀ったものでした。秀吉が姫路城を改修したときに城下に移されますが、池田輝政が病気になったときに祟りだとされ、城内に祀られるようになったといいます。

ちなみに、姫路城には「長壁姫」という妖怪が住んでいるとの伝説が残されています。もちろん、実際に妖怪が住んでいるとは考えられませんが、姫路城の難工事が、こうした伝説を生んだのかもしれません。


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小和田泰経(おわだやすつね)
静岡英和学院大学講師
歴史研究家
1972年生。國學院大學大学院 文学研究科博士課程後期退学。専門は日本中世史。

著書『家康と茶屋四郎次郎』(静岡新聞社、2007年)
  『戦国合戦史事典 存亡を懸けた戦国864の戦い』(新紀元社、2010年)
  『兵法 勝ち残るための戦略と戦術』(新紀元社、2011年)
  『別冊太陽 歴史ムック〈徹底的に歩く〉織田信長天下布武の足跡』(小和田哲男共著、平凡社、2012年)ほか多数。

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