城に眠る伝説と謎 城に眠る伝説と謎 第2夜 |【帰雲城】一晩で消えた幻の城と埋蔵金伝説

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保木脇に立つ観音像と石碑

大地震で壊滅した帰雲城と内ケ島氏

地震によって一夜にして消えた城−−。消滅から400年以上経った今なお、城跡すら見つかっていないその城の名は、「帰雲城」。飛騨国大野郡の帰雲山上、現在の岐阜県大野郡白川村にあった山城だ。その来歴から「幻の城」、「日本のポンペイ」などと称されることも多い。

帰雲山は霊峰・白山の山腹で湧いた雲をはね返したことにちなむ山名という。この帰雲山に内ケ島氏が築いた城が帰雲城で、内ケ島氏はこの地で120年の繁栄を誇った。飛騨国には上杉謙信や羽柴(豊臣)秀吉の軍勢が侵攻しているが、帰雲城で攻防戦が行われたのかどうかは明らかではない。
帰雲山は天正13年(1585)11月29日深夜、大地震の発生によって一瞬にして山が二つに割れ、崩壊した。地震による山の崩壊、土石流の流入などにより、城と城下町は壊滅。城主や家族、家臣、町民らの大部分も命を落としたという。そのことから、帰雲城には複数の謎めいた伝説が残されている。

死に脈、埋蔵金・・・多くの謎が今なお眠る

その一つが、「死に脈」伝説だ。ある日、内ケ島氏に仕えていた医師が帰雲城へ登城すると、城主や奥方、あるいは家臣、侍女らが皆、不吉な顔つきをしていた。そこで、脈をとってみると何と、城主をはじめとする城内の全員が死ぬまぎわの者と同じ「死に脈」であったという。驚いた医師は「何か大変なことが起こる!」と繰り返し叫んだが、誰も本気にはしてくれない。やむなく、医師は家族とともに城を去るが、その翌日に大地震が発生したという内容である。

もう一つ現在まで伝わる秘話が「埋蔵金」伝説である。
内ケ島氏は砂金採取、もしくは金山採掘で巨額の黄金を手中にしていたが、それらの黄金は城の崩壊の際に土中へ埋没してしまったという内容で、昭和時代には「(現在のお金に換算して)数兆円の黄金が眠っている!」と説く人まで現れた。飛騨が黄金の産地である事実も手伝ってか、巨額の黄金を奪うべく秀吉が金森長近に進撃を命じた、大地震の発生当夜は城主が新たな金鉱脈発見を祝って宴会を開いていた、さらには難を逃れた城主の弟が付近のお堂で黄金の仏像を発見した、などという話がまことしやかに語られている。

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天正大地震の崩落箇所が残る帰雲山

後世になり、昭和時代後期には内ケ島氏の供養・顕彰行事が行なわれ、さらに白川村教育委員会などによって城があったと思われる場所の調査も実施された。しかし、通説では帰雲城の場所は庄川の東側とされているが、古くから「東側でなく、西側である!」とする異説も主張されており、埋蔵金どころか城跡の場所すら特定出来ていない。
そんな喧騒はともかく、現在、帰雲山には大地震の際に出来たという山肌がむき出しの箇所が残り、白川村保木脇には帰雲神社、命を落とした人々を供養するための観音像(石像)、そして「帰雲城趾」と刻まれた石碑などがある。


執筆者/川口素生
1961年、岡山県生まれ。戦国、江戸時代を中心に研究する歴史研究家。一般向け歴史書籍の執筆を多く手がけている。主著に『戦国名軍師列伝』(PHP文庫)、『大いなる謎 平清盛』(PHP新書)など。

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